たとえば、東京行きのサンライズ瀬戸・出雲に乗って、東京に行こうとしていて遅延していたとします。
数分程度の遅れなら駅で待つでしょうけど、60分遅れなどの場合は、呑み屋で一杯ひっかけたいですよね。律儀に駅の椅子に座って待つなんてまっぴらごめんです。みなさん普通にそう思いますよね。
しかし、駅に戻ったらシャッターが閉まっている。どの入口に行っても、開いておらず、やむを得ずあきらめて翌日の新幹線に乗って東京に向かったとします。この際の関係者の責任を考えてみましょう。いちおう、駅員がわざと(故意)ではなく、うっかり(過失)閉めてしまったという前提です。
1 定刻に駅に来る意味
大きな効果は、定刻に来なくて乗り遅れた場合に、払い戻しや変更ができないという原則です(払戻し:旅規273条1項、変更:248条2項)。
なので、来なければいけないという義務はなく、来ないと変更や払い戻しという特典が受けられないということなのです。
では、列車が遅れていることを知らずに駅に遅れて行ってしまい、運よく乗車できた場合はどうでしょうか。たんなる結果的利益です。ラッキーと思って恩恵に与りましょう。
ちなみに有人駅時代の上越線土合駅は発車の10分前に改札を打ち切っていたので、ここだけは定刻に来てもダメでした。どうして10分前に打ち切るかは、この駅の写真でもググってみてください。すぐわかります。
2 遅れが回復して乗り遅れた場合
もうわかりますよね。見込んでいた遅れが回復して乗り遅れた場合は、旅客の過失なので、原則として特急券の払い戻しも変更も受けられません。ただし、2時間以上の遅れなどや事情気の毒と判断されて払い戻しを受けられる余地はあります。
2 終電が終わらないのに駅を閉めていいのか
これはできません。理由は2点です。
(1)鉄道営業法との関係
鉄道営業法6条の趣旨に反します。
第六条 鉄道ハ左ノ事項ノ具備シタル場合ニ於テハ貨物ノ運送ヲ拒絶スルコトヲ得ス
一 荷送人カ法令其ノ他鉄道運送ニ関スル規定ヲ遵守スルトキ
二 貨物ノ運送ニ付特別ナル責務ノ条件ヲ荷送人ヨリ求メサルトキ
三 運送カ法令ノ規定又ハ公ノ秩序若ハ善良ノ風俗ニ反セサルトキ
四 貨物カ成規ニ依リ其ノ線路ニ於ケル運送ニ適スルトキ
五 天災事変其ノ他已ムヲ得サル事由ニ基因シタル運送上ノ支障ナキトキ
② 前項ノ規定ハ旅客運送ニ之ヲ準用ス
旅客がきちんと法令や規則を守っていて、天災やむを得ない事由がない場合などは拒否できないので、遅延しているといえども営業列車が走っている最中に勝手に駅を閉めることはできません。公共性の高い役務なので、厳格さが求められています。
今回の場合は過失によるものと思われますので、この規定に違反するとはいえませんが、法意(当該法律が目的としている趣旨)には反するので、過失の軽重を判定する材料にはなります。
それに一般的に列車が遅れていたら駅は開いていると思うのが通常ですよね。イベントの開催が遅れていても、事前予告がない限りゲートは通常閉めませんよね。こういった一般人の共通認識も過失認定に働いてきます。
(2) 運送契約との関係
鉄道の運送契約は乗車券を購入したときに決まりますので、定刻になったら駅を閉めるという重要な事項は契約前か契約時に伝えないといけません。あるいは旅客営業規則に明記しておかないといけません。駅の案内放送で伝えたり、改札に表示を出したのでは、契約後なので、法律上、効力がありません。もちろん業務の都合上、そのように行うことは構いませんが、それで鉄道会社側の責任が免責されるわけではないのです。
もちろんこれが団体客だけで、周知が確実に行き届いていたりするのであれば、事後であっても問題ないでしょう。しかし、今回は不特定多数の旅客がいる状況ですから、このような特殊な状況とは別に考える必要があります。
そうなると、列車が遅れていても旅客を確実に運ぶという債務がまだのこっているのですから、その債務を全うするためには駅を開けなければなりません。
従って、うっかり駅を閉めてしまった駅員の行為は過失(重過失)であり債務不履行となります。
3 列車が遅れているときに駅から締め出していいのか
できません。鉄道会社側は運送契約上の安全配慮義務(旅客の生命や財産を守る義務。民法2条1項から導かれる。)を負っていますので、列車が遅延しているといっても駅から締め出すことはできません。だから運休になっても、駅で泊まる人を締め出さないですし、必要に応じて食料を提供したり、列車をつかって泊まってもらったりするのです(列車ホテル)。あれは好意というより、法律上の義務に近いです。
鉄道運輸規程17条にも次のようにあります。
第十七条 天災事変其ノ他已ムコトヲ得ザル事由ニ因リ列車ノ運転ヲ中断シタルトキハ鉄道ハ旅客ニ対シ相当ノ便宜ヲ与ヘ之ガ保護ヲ為スベシ
② 前項ノ場合ニ於テ旅客ノ請求アルトキハ出発停車場迄無賃ヲ以テ送還スベシ
③ 前項ノ規定ニ依リ旅客ヲ送還スル場合ニ於テハ鉄道ハ既ニ運送シタル区間ニ対スル運賃ヲ控除シ残額ノ払戻ヲ為スベシ
安全配慮義務がある前提の下、公共性の高い事業に対して具体的な規制をしているわけです。
3 閉めてしまった場合の責任は
さて、駅をうっかり閉めてしまった責任はどう考えたらいいのでしょうか。
ここまで述べてきたように、営業列車が走っている以上は駅をあけておく義務はありますから、これに違反したことになります。運送契約上の債務不履行にあたります。わざとやったのであれば故意ですが、今回は過失です。しかもかなり重いので、法的には重過失と判断できます。法学上、重過失は故意と同視するのが一般です。
従って、鉄道会社側は損害賠償責任を負う必要がありそうですが、旅規が先に適用されますので、その点を次で確認します。
4 旅客営業規則による処理
意外にも運行不能の規定に「そのほか旅客の責任とならない事由」として規定が隠れています。
(列車の運行不能・遅延等の場合の取扱方)
第282条
旅客は、旅行開始後又は使用開始後に、次の各号の1に該当する事由が発生した場合には、事故発生前に購入した乗車券類について、当該各号の1に定めるいずれかの取扱いを選択のうえ請求することができる。ただし、定期乗車券及び普通回数乗車券を使用する旅客は、第284条に規定する無賃送還(定期乗車券による無賃送還を除く。)、第285条に規定する他経路乗車又は第288条に規定する有効期間の延長若しくは旅客運賃の払いもどしの取扱いに限って請求することができる。(1号から2号 略)
(3)車両の故障その他旅客の責任とならない事由によって、当該列車に乗車することができないとき
イ 第282条の2に規定する旅行の中止並びに旅客運賃及び料金の払いもどし
ロ 第283条に規定する有効期間の延長
2
旅客は、旅行開始前又は使用開始前に、前項各号に定める事由が発生したため、事故発生前に購入した乗車券類(定期乗車券及び普通回数乗車券を除く。)が不要となった場合は、これを駅に差し出して、すでに支払った旅客運賃及び料金の払いもどしを請求することができる。ただし、乗車券、自由席特急券、特定特急券(座席を指定して発売したものを除く。)、普通急行券及び自由席特別車両券にあっては、その乗車券類が、有効期間内(前売のものについては、有効期間の開始日前を含む。)のものであるときに限る。
今回の場合は旅客にまったく責任がないので、この規定に適合します。なので、無手数料で払い戻しが可能です’。有効期間の延長もできますけどね。。。
5 法律上の損害賠償請求
これで終わらないのが今回の件です。基本的に旅規が優先適用されて、たとえJRに過失があったとしてもきっぷの運賃・料金が払い戻されて終わりというのが、判例ですが、例外があります。
名古屋地方裁判所判決を見てみると、次のようにあります。
「公序良俗に反し、又は顕著に不合理な結果をもたらすことになる場合においては、その効力を否定されて然るべきであるし、その意味内容や適用範囲を確定するにあたっては、同様の考慮が必要である」(名古屋地裁判決・昭和51年11月30日・『判例時報』837号28頁・『判例タイムズ』345号146頁)
この判決は最高裁まで争われていますが、地裁の判決が維持されているので、上記の規範が生きてきます。
今回の場合は、先ほど述べたように重過失なので、上記の顕著に不合理な結果をもたらすことになる場合と認められ、旅規の範囲を超えて民法上の責任を負うことになります。
そうなると、損害の範囲をどう考えるかですが、通常予測される範囲にとどまります。サンライズ瀬戸・出雲に乗って東京まで行こうとする人は、翌朝になんとか東京に着きたいという意図を持っていることが通常、予測されるので、それ相応の金額を損害賠償額と考えることができるでしょう。
そうなると、サンライズの特急券代は払い戻されるとして、新幹線との差額が必要ですし、翌日までの宿泊費も必要になります。A寝台で行く予定だった場合はグリーン券相当額との差額も要求できます。これらが損害賠償請求額となるでしょう。