旅と鉄道の美学

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【営業規則系】 急行列車が遅れたので、裁判で最高裁まで闘ってみた結果。

 私じゃないです。やりそうだとは言われますが、さすがに物好きでもここまでやりません。題して、「飯田線・伊那2号損害賠償請求事件」。

  

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 まずは私の書斎のオブジェから。これは本物の愛称版で、洗わずに汚れもそのままにしています。右が国鉄時代の急行「伊那」、左がJRになってからの急行「伊那路」です。現在は、それを引き継ぐ特急の「伊那路」が走っています。

 

 

 最近の法学部では商法総則・商行為はあまりきちんとやらないと思いますので、法学部卒でも、この訴訟はあまり知らないと思います。私も事案自体は知っていましたが、わが地元、飯田線の話だとは知りませんでした。最近、古い判例解説書をめくっていたら、飯田線の文字が目に留まりましたので、取り上げます。

 一見、昔話と思いきや、消費者保護との関係から、現代的な視点で改めて参考になるのではないかと思います。消費者取引がメインの企業で法務担当などをやっている方には役立つと思います。

 

 ① 事実の概要

 

 ときは昭和48年2月、本件の原告は、養命酒で有名な飯田線駒ヶ根駅から急行『伊那2号』で出発し、松平健の出身として有名な豊橋駅に向かったものの、到着時刻が遅くなったので、それによって生じた損害の賠償を国鉄に請求したものです。

 要因は、前日から行われていた労働組合によるサボタージュで、駒ヶ根到着時にはすでに43分遅れており、終着の豊橋には1時間40分の延着でした。この遅延時間を聞いて、ピンとくる方は多いと思います。国鉄はJRと同じく2時間以上の遅延があった場合は、特急券急行券は払い戻しになりますが、2時間を切るとまったく返金はありません。この規定を問題視したのが本件なのです。また、急行料金の返金だけの問題で終わるのかという点も争点です。 

 裏事情としては、推測ですが、国労を中心とした争議行為などに対する一般国民の批判なども感情的な背景にあったのだと思います。

 

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 当時はこういった硬券急行券・指定席券でしょうね。

 

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 まともな伊那の写真がなかったので、類似の急行「こまがね」をアップしておきます。車両はおなじ165系です。このころは急行「伊那」は廃止されており、快速になっていました。(撮影日:昭和61年8月・飯田駅

 問題があった時代の車両は80系かもしれません。

  

 

 ② 判決内容

  争点は営業規則がいかなる場合も適用されるのかということです。結果は、原則として営業規則が適用されるので、列車が遅延しても2時間以上の遅延でなければ急行料金を払い戻さないし、急行料金以上の支払いはしないというものです。つまり免責約款の意味をもちますよということでした。そして争議行為として国鉄の従業員が行ったことが要因であったとしても、これはかわらないとしています。

  もっとも、「公序良俗に反し、又は顕著に不合理な結果をもたらすことになる場合においては、その効力を否定されて然るべきであるし、その意味内容や適用範囲を確定するにあたっては、同様の考慮が必要である」(名古屋地裁)としてバランスを取っています。つまり、違法な争議行為や、JRの判断ミスで雪の中、何時間も電車の中に押し込められたような状態であれば、営業規則の適用除外となり、個別に損害賠償責任が生じると思います。

 

 ③ 私見

  消費者契約法ができて、改正民法も来年施行されるという状況の中、ほぼ企業側の都合で定められる約款が重視されることでいいのだろうかと思う方もいると思います。この裁判の原告もそのような問題意識があったのではないでしょうか。学者の中でも現在の状況を疑問視する声は多いようです。特に改正民法で、いままでは解釈上で効力を認めていた約款を法律上で認めるような、業界慣行にお墨付きを与えることに批判が多いようです。もちろん一定の限定要件は定めていますが。

 この点について、私の中には確定した意見はありませんが、旅師としての経験から、約款自体の公開が不十分なことは指摘しておきます。下の関連記事で書いたように、鉄道に関してですが、2点気になっています。

 

 ① メインどころの営業規則はネットにアップされているものの、連絡運輸規則などの雑規程は載っていないので不十分であること(JR東海JR西日本は載ってます。)。連絡定期券などで多数の旅客の権利義務にかかわるにもかかわらずネットに非公開というのは企業のCSRとして如何なものか(窓口で頼めば見せてくれますが。)。割引乗車券の規則などもそうですね。

 

 ② 旅客の権利義務に関わるような重要な決まりを事務的な取り扱いの合理性を重視して安易に内部規程や通達等に委ね、非公開としている点。これは、窓口に行っても旅客が読むことができない点で問題ですね。

 私がいままで取り上げてきた事例からすると、途中下車の例です。原則として途中下車ができるとしていながら、会社間の取り決めなどで制限している場合です。このとき、内容を見せてくれというと、内部資料だから見せられないという返事が返ってきます。もちろん訴訟になれば、裁判所が実質的に判断して開示命令を容易に出すと思いますが、旅客運送契約ごときで訴訟をしたら費用倒れです。このように本来は規則に載せて、旅客に見せなければいけない内容を安易に内部規定に入れてしまう弊害を昔から感じています。

 

 法律で大事な要件を省令に白紙委任するようなものですね。

 

 国土交通省消費者庁は指導してほしいところです。

 

 (おもしろおかしく書こうと思ったが、ブログイメージに合わない社会派記事になってしまった。。。

 

判例出典)

名古屋地裁判決・昭和51年11月30日・『判例時報』837号28頁・『判例タイムズ』345号146頁

名古屋高裁判決・昭和54年8月28日・『判例時報』940号24頁・『判例タイムズ』398号113頁

最高裁判決・昭和55年7月18日 

 裁判所ウェブサイトにて、事件番号:昭和54年(オ)1181号と入れていただければ検索可能です。リンク⇒ 裁判所 | 裁判例情報

 ※これだけでは意味が分からないと思います。上記の市販の判例雑誌をご覧ください。

  

(参考記事)