旅と鉄道の美学

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【営業規則系】 経路が重なる乗車券の選択権(乗車中の場合)

 乗車中で経路が重なっている場合にどちらの乗車券を有効として取り扱うのかという問題です。たとえば、最長片道きっぷで長万部着になったとき、補充券を回収されたくないので(JR北海道は補充券を回収します。)、二股→長万部の乗車券を用意して二股で途中下車した扱いにしてもらえないかという発想があろうかと思います。

 JRは、実際に二股で下りなければ、二股→長万部の乗車券を使用することは認めていません。この点を理論的に解き明かしていきます。

 

 1 併用区間のある乗車券の取り扱い原則

 まず大原則として、併用区間がある場合の規定です。

【旅客営業規則】

(乗車券類の使用条件)
第147条

乗車券類は、その券面表示事項に従って1回に限り使用することができる。この場合、乗車人員が記載されていない乗車券類は、1券片をもって1人に限るものとする。ただし、定期乗車券については、その使用回数を制限しない。

(2項~4項 略)


同一旅客は、同一区間に対して有効な2枚以上の同種の乗車券類を所持する場合は、当該乗車については、その1枚のみを使用することができる。同一旅客が、同一区間に対し有効な2枚以上の指定券を所持する場合についてまた同じ。
 (6項 略)

 この通り、1枚のみを使用することができるという制限があるだけで、それ以上の制限はありませんので、この規定からは自由に選択できるという道が残されています。

 

 2 民法上の債権の充当順序

 では、この先はどう判断すればよいのでしょうか。旅規にも規定がない、鉄道営業法にもない、となれば民法までさかのぼる形です。鉄道の運送請求権も民法上の契約の一つですから、特則がなければ民法で判断です。

 

民法

(同種の給付を目的とする数個の債務がある場合の充当)
第488条 債務者が同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合において、弁済として提供した給付が全ての債務を消滅させるのに足りないとき(次条第一項に規定する場合を除く。)は、弁済をする者は、給付の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。
2 弁済をする者が前項の規定による指定をしないときは、弁済を受領する者は、その受領の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。ただし、弁済をする者がその充当に対して直ちに異議を述べたときは、この限りでない。
3 前二項の場合における弁済の充当の指定は、相手方に対する意思表示によってする。
4 弁済をする者及び弁済を受領する者がいずれも第一項又は第二項の規定による指定をしないときは、次の各号の定めるところに従い、その弁済を充当する。
一 債務の中に弁済期にあるものと弁済期にないものとがあるときは、弁済期にあるものに先に充当する。
二 全ての債務が弁済期にあるとき、又は弁済期にないときは、債務者のために弁済の利益が多いものに先に充当する。
三 債務者のために弁済の利益が相等しいときは、弁済期が先に到来したもの又は先に到来すべきものに先に充当する。
四 前二号に掲げる事項が相等しい債務の弁済は、各債務の額に応じて充当する。

 どういうことかというと、二股から長万部まで一人の旅客を運ぶという債務(給付)は同時にできないので(すべての債務を消滅させることはできないので)、JRは給付の時にそのどちらの債務を弁済するか指定することができるということです。給付の時というのは二股駅を列車が発車するときですが、事実上、判断はできないので、到着した長万部駅で判断するということになります。

 したがって、JRが、もともと使用していた新大村→長万部の乗車券での債務しか認めないというのであれば、それが正解ということです

 

 3 途中下車の取り扱いも難しい理由

 では、旅客の希望ではなく、JR側の選択として、新大村→長万部の乗車券を二股で途中下車扱いにして、二股→長万部の乗車券を回収する方法はとれるのでしょうか。

 ここで途中下車の規定を見てみます。 

(途中下車)
第156条
旅客は、旅行開始後、その所持する乗車券によって、その券面に表示された発着区間内の着駅(旅客運賃が同額のため2駅以上を共通の着駅とした乗車券については、最終着駅)以外の駅に下車して出場した後、再び列車に乗り継いで旅行することができる。ただし、次の各号に定める駅を除く。

 (1号以下 略)

 途中下車の要件は、下車して出場した場合に再び列車に乗り継ぐことができるというもので、実際に下車しない場合は途中下車の要件を満たしません。もちろん分岐乗車といった例外はあります(リンク参照)。

 したがって、分岐乗車を除いて、実際に降りてない場合は途中下車ではないので、途中下車しているとする取り扱い自体に無理があります。新大村からの旅の延長と考えるのが自然です。

 

 4 着駅が異なる乗車券の場合

 例えば、名古屋市内→熱海までの乗車券を使用しながら、熱海で下車する際に静岡→東京山手線内の乗車券をもちいて、1枚目を静岡での途中下車扱いにできるかです。これができないことは、ここまで述べてきたとおりです。

 

 では、2枚目の処理はどうなるかですが、熱海から使用したということになります。権利の過少行使です。静岡・熱海間は、旅規150条(下記)で無効となります。

 

(不乗区間に対する取扱い)
第150条
旅客は、第148条の規定により乗車券類の券面に表示された発着区間内の途中駅から旅行を開始し、又は同区間内の途中駅で下車した後に前途の駅から乗車した場合の不乗区間については、乗車の請求をすることができない。

 148条は下記の通りです。

(乗車券類の効力の特例)
第148条
乗車券類は、次の各号に掲げる場合は、前条の規定にかかわらず、使用することができる。

 (1号から2号 略)

(3)乗車券類の券面に表示された発着区間内の途中駅から乗車する場合

 ちなみに、下記の通り不乗区間の払い戻しもできません。

(不乗区間等に対する旅客運賃・料金の払いもどしをしない場合)
第275条
旅客は、次の各号に掲げる不乗区間等については、旅客運賃・料金の払いもどしを請求することができない。
(1)第155条及び第175条の規定により継続乗車中に、前条又は第278条の規定により旅行を中止した場合の不乗区間
(2)第148条の規定により乗車券類の券面に表示された発着区間内の途中駅から任意に旅行を開始した場合又は同区間内の途中駅で下車した後に前途の駅から任意に乗車した場合の不乗区間
(3)第148条の規定により特別車両定期乗車券を使用して特別車両以外の座席車に乗車した場合又は自由席特別車両券(A)を使用して普通列車の自由席特別車両に乗車した場合の当該区間
(4)特別車両以外の座席車又は寝台車に任意に乗車した場合の特別車両券の不使用区間

 

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