赤字なのに株主優待券を株主に配るのは、株主への利益供与にあたるのではないかと、取締役が責任を取らされそうになったことがあります。それでも利益供与にはあたらないと判決がなされたのは土佐電気鉄道事件です(いろいろと条件がありますが、詳細は省きます)。
しかし、現在のように容易に現金化可能な場合はちょっと様相が変わってきそうですね。
★ ★
そこで、表題のように素朴な疑問がわくわけです。
そもそも株主を特定して配布しているような株主優待券を売買することは可能なのかです。正確には、当事者間での売買にたいして会社が口出しすることではないので、会社に対して有効かどうかという問題になります。つまり、株主ではない者がそもそも株主優待券を使えるのか(会社に対して主張できるのか)が争点です。
実際に株主優待券を見ても、何も書かれていません。
そうなると、会社と株主間の意思を推定するしかありませんね。この場合、通達などで禁止しているとしても、定款や約款とは違って、株主に対しては効力を持ちません。
結論としては、書面に顕れている情報を確認する限り、JRは何も言ってないのです。そうなると、他業種の商慣行、何十年にもわたって事実上認めてきたという事実などを総合的に考慮して、JRは株主優待券の所持人を正当な権利者として認めていると推定可能です。
そこで、公式にヒアリングしてみました。コールセンターのレベルではなく、営業部署に確認をとっています。
【JR東日本】
株主優待割引券を持参した方を対象に割引乗車券を発売する前提になっているので、株主でなくても利用可能。
【JR東海】
同上
【JR西日本】
株主優待割引券は株主に譲渡するものであり、その先の処分は株主に任せているので、それを使って他人が割引乗車券を購入することは支障ない。
ということで、JR3社の株主優待券は引き続きヤフオクや金券屋で売買しても問題なさそうです。
【JR九州】
ところが、現在のJR九州はちょっとちがいます。上記の旧タイプから1日乗車券に変更になったときに注意書きが登場しています。
「本件の売買等はできません」とあります。ずいぶんと珍しい文言が登場したものだと思いました。
これが何を意味するものか。他人が売買することを禁止しても意味がないのは債権の相対性からわかります。基本的に他人の債権債務関係に介入することはできないので、事実上、売買を禁止することは不可能です。
そうであるなら、他人が使うことはできないと言いたげですが、そんな不利益になるようなことを、ここから推定するのも無理があります。
結論は、JR九州のお気持ちの表明でした。公式に尋ねてみたところ、売買されているかどうかは関知しておらず、持参人を正当な権利者として取り扱うそうです。それ以上、何かを追及することはしないそう。
だから、これを金券屋に売り払う会社の総務さんとか、大っぴらに売買する金券屋、嬉々として利用する鉄ヲタ諸氏も、JR九州のお気持ちには反しているということになりますね。
この文言から法的な問題や旅客運送上の問題が出てくるわけではなさそうです。
しかし、この1日乗車券を利用する場合は、JR東、海、西の場合とは違って、単純な旅客運送契約とはいえなさそうです。
そもそも、1日乗車券の場合は、一般の旅客としての地位で利用するわけでないので、消費者契約にはあたらないでしょうし、民法の約款規制にもかかってきません。株主としての地位に付随した旅客運送契約のようなものが成り立つといえそうです。いうなれば社員権(より正確には、そのうちの自益権)の一環として存在する特殊な旅客運送請求債権が譲渡されたという考え方になるでしょう。
だから、解釈上の問題が起きたときは、消費者契約のように旅客側に有利に解釈するような方針はとられず、対等な関係として解釈されるなどの違いは出てくると思います。この問題は、また細部を詰めてまいります。
★ ★
他人から譲ってもらった株主優待券を利用できることはわかりましたが、それで購入した乗車券はさらに譲渡できるのでしょうか。
可能と考えます。この割引自体が、学生割引や身体障害者割引のように利用主体の属性に着目したものではなく、往復割引のように主体を特定しないものだからです。
しかし、一度、使用開始したら、そこで利用者は特定されるので、他の人に譲渡しても、そのきっぷを利用することはできません。通常のきっぷと同じですね。同じく、JR九州の1日乗車券も「お一人さまのご利用に限ります」という文言から合理的に解釈して、途中で別人が使うことは許容してないでしょう(消費者契約ではないので、ここまでの不利益な類推解釈も許される。)。ちなみにこの文言がない場合は、債権譲渡自由の原則により、途中まで使用した1日乗車券を別人が使うことを許す可能性が論理的に出てきます。