JRの特急列車(急行列車を含む)の場合は、所定時刻に対して2時間以上到着が遅れると、特急料金が払い戻しになります(営業規則282条1項2号)。
これに関して、下記の記事の通り興味深い対応がありました。
列車の遅れは、119分30秒のようです。記事では誤認と書かれているのですが、内部的にはこの遅延時分で伝達されたのだと予測しますので、30秒足りなかったという前提で話をすすめます。
鉄道会社は、会社によって違いますが、1秒単位、10秒単位、15秒単位などで遅延時分の管理をしています(基準は車輪の停止)。JRも支社や路線によって違うとはおもいますが、少なくとも分単位ではありません。30秒足りなければ、規則上、払い戻しの対象にはなりません。
この記事の改札駅員氏は、正確な遅延時分を確認するため、ホーム上で運転関係の責任を負っている輸送主任なり助役なりに連絡をとって、30秒足りないから払い戻し不可という結論を出したのだと思います。おそらく改札助役が決裁したのでしょう。
しかし、JR東海の発表は、ホームページの表示を前提にし、2時間遅れとみて払い戻す措置に訂正しています。ここの裏事情はどういったものか、私なりに検証してみます。
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(みどりの窓口にある時刻表)
カギは、ホームページでの遅延時分の公表です。この情報と同じものは、出札や改札にもディスプレイがあって、乗客も駅員も確認することが容易にできるようになっています。ということは、旅客とJRの運送契約上の遅延時分のカウントはこのディスプレイを基準にしているという取引通念のようなものが形成されるわけです。JR内部では秒単位で遅延時分を管理するものの、旅客との関係では1分単位を基準にしているといえるでしょう。つまり、運転関係では秒単位、旅客関係では分単位ということです。
そして実際の差異は下記と考えられます。
●JR内部基準:11時16分45秒着予定(?)⇒実際は13時16分15秒着(?)
⇒秒単位で差し引きすると、119分30秒遅れになる。
●ディスプレイ:表示は秒を切って、120分遅れで表示する。
以上を法的に考えると、営業規則では規律できない秒という部分を消費者契約法10条などの法意(適用ではなく法の趣旨を援用すること。)をくみ取って判断していると思います。
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
この中で、民法1条2項というのは信義則といわれる規定で、いわゆる一般通念を用いることなどを意味します。
ということはディスプレイで遅延時分を広く表示していて、JR社員・旅客ともそれを基準にしているということであれば、この表示がお互いの運送契約内の要素と見ることができるわけです。
このような措置は旅客営業取扱基準規程5条の「旅客の取扱上適用する規定について疑いを生じたときは、旅客の利益となるように解釈し」との規定とも整合します。また、改正民法の約款の「公表」という部分で、遅延時分も分単位で計算することが公表されているとみることもできるでしょう。
ということで、きわめて現代的な事例といえます。列車の遅延時分が電子的に管理されていないような時代であれば、払い戻しはなかった事案ではないでしょうか。
ただし、下記の関連記事にあるような、特急伊那路で同じ事案が生じたときは、このような遅延時分の表示は無いと思うので、払い戻し対象にはならないかもしれません(システムが変わっていたらごめんなさい)。ディスプレイなどなくても、分単位計算に重きを置いたら、2時間遅れと見ることもできます。
ここで、私見を述べておきますと、ディスプレイのあるなしに関係なく、遅延時分の遅れは「分」で積算すべきでしょう。なぜなら、駅や販売されている時刻表、特急券の表示などはすべて分までの単位で表示しているので、鉄道会社と旅客との関係では、「分」が基準であると暗黙の了解(法律用語でいう「黙示の承諾」)があるといえるからです。
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本ブログは、ここで終わりません。2時間ギリの遅延といえば、思い出されるのが、『カレチ』2巻に登場する特急雷鳥のエリート運転士・武藤と、人情専務車掌の荻野です。 これに規則に忠実な堀之内車掌長が加わっての攻防です。
詳しくは買って読んでもらいたいのですが、あらすじはこんな感じです。
大阪発の特急雷鳥が遅延していて、乗客のイライラも結構なものになっていたところ、富山駅到着が1時間59分41秒なのです。
これでは、払い戻しができません。乗客の心情を慮って、運転業務についていた荻野車掌は悩みます。もちろんそのときの上司である堀之内車掌長は払い戻しにならないことを期待しています。
しかし、突然ブザーがなります。
普段は冷徹で、完璧な運転をする武藤運転士が停止位置をミスるという事態で、後退しているうちに2時間を過ぎてしまいます。この漫画では実際は停止位置を誤っていなかったなどと回想していますし、そもそも車掌も停止位置確認義務があるだろう・・・といったツッコミが予測されますが、ここでは触れません。
そして2時間1分の延着というオチです。普段は冷酷な武藤運転士のやさしい心が垣間見えた一幕ということですね。