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【鉄道施設系】 飯田線と落石について 落石監視小屋の話

 飯田線で大規模な落石があったみたいですね。

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 区間湯谷温泉三河槇原なので、おおむね定番の落石箇所です。ちなみに不通区間本長篠中部天竜にしているのは、三河川合の上り本線の下り出発信号機を撤去してしまったからだと思います。昨年、立ち寄ったら、三河川合駅の信号工事をしているところでした。

 

 私が地元にいたときも、これより大きな岩が落ちてきたことがあり、3日間ぐらいバス代行になりました。場所も今回と同じですね。不謹慎にも落ちた岩の近くまでいって記念写真を撮ったのでよくおぼえています。最終的には発破で砕いて撤去していました。

 

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 飯田線と落石は長い付き合いです。一番大規模な事故は昭和20年(1945年)2月17日7:30ぐらいに起きた列車の転落事故です。列車はそのまま川に転落し、死者17名を出しています。祖母の友人の娘さんが通学のためにこの列車に乗っていて、亡くなったと聴かされていて、印象に残っています。戦争中で、我が家も含めてほとんどの家が男衆が戦争にいっているので、復旧が大変だっとききました。

 大嵐駅が駅員ともども土砂崩れで流されたこともありましたね。

 

 さて、むかしは湯谷温泉から奥の方には沿線に落石監視小屋があって、常に巡回して線路を見回っていたようです。小和田駅などの駅員もそうですけど、夜中一人で巡回するのはなかなか不気味ですよね。

 

 これは柿平三河川合の間にあった落石監視小屋の基礎の跡です。JRになっても、しばらくは建物自体は現存したと思います。現在は代わりに監視機器の信号機がついていますね。

 

 どこかに監視小屋がまだ残ってないか乗りつぶしの最中にチェックしていたら、見つけました。こちらです。

 京都丹後鉄道にあった監視小屋です。朽ち方からし国鉄宮津線時代からの物でしょう。もう他では見られないと思ったので、何とか写真に収めました。これと同じタイプの小屋が上の飯田線沿線にいくつもありました。

 横にいる人たちはたまたまいた保線関係者です。

 

 

 現在はこのようにガードが造ってあったりしますし。

 

 電線が張ってあって、切れると発光信号機が光るようになっています。この写真は三河槇原と柿平の間で、岩が一番接近しているところです。

 

 こちらが発光信号機です。くるくる回って点くので、鉄道関係者の間ではクルクルパーとも言われます。踏切障害の時に光るやつですね。

 

 ちなみにこちらはJR四国で普及しているおにぎり型の発光信号機です。同じく落石を監視している装置に連動しています。入換信号機によく似ていますね。

 たぶんこちらの方が原価が安いのでしょう。

 

 そう考えると、国鉄ってすごい数のスタッフがいたわけですよね。

 飯田線と落石は今後も付き合い続けるしかありませんが、今回の事故を見ると、まだまだ危険なことが良くわかります。