旅と鉄道の美学

鉄道を中心とした国内外の旅と切符などについて語ります。

【コラム】 道草をする子どもは是か非か 周遊券廃止に関する一考察

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の意味について尋ねられました。
実はこれ、遊びでやっているブログって意味もあるのですが、もっと深い話です。

すでになくなってしまったのですが、かつて周遊券という制度がありまして、
これは周遊券を示す記号なのです。次のものをご覧ください。

 ※「学」は学割を示します。これは学割専用券ですね。

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ここで終わらないのが、本ブログの真骨頂です。
私は小さいころから道草好きで、とにかく同じルートを通ることが苦手。
小学校2年生ぐらいからすでに決められた通学経路からは大きく離れて、
ひどいときは学校は昼で終わっているのに、家に帰ったのは19時。
いつもは何も言わない親が、さすがに叱りましたね。
たぶん道草をとがめたのではなく、安全面を心配したのだと思います。

糞田舎なので、途中に電車を挟んで正味1時間。
しかも駅からは一人で帰ることも多かったので、余計に道草の要素がでてきます。
乗る駅も降りる駅もまだ駅員さん(一人か二人勤務)がいて、
駅でもよく遊びました。
たまに電車に乗りおくれて、歩いて帰ったら途中で2本もぬかされる始末。
(言っておきますが、1時間半に1本程度です。)

このあたりが旅のスタイルの原点なんだと思います。
海外旅行でも行きのルートと同じルートで極力帰らず、
途中もできるだけバックせずに突き進む。
乗った経路を戻っても意味ないのではという貧乏性もありますね。
同じ金を使うなら、いろんなものを観たいという意味の貧乏性です。

つまり周遊券というのは、このような道草精神をもつ人たちに愛されていた切符ではないかと思うのです。
それが、新幹線ができ、飛行機が安くなり、LCCまで登場し、
フェリーは減って、寝台特急サンライズしか残っていない。
目的地に早く着きたいというという需要ばかりで、
ぶらぶら周遊したりといった過程を楽しむ要素が失われたことがあると思います。

たとえば東京⇔名古屋の移動でも、帰りは中央線で帰ってみるかとか、
中央自動車道で帰ってみるかとかありだと思います。
そこで新しい発見があります。

 周遊券の復活を願う会 発起人代表 エストッペル

PS.
(参考記事)

benesse.jp