指定券を持っているにもかかわらず、自分の席に誰かが座っていたり、荷物が置かれていたりすることがありますよね。この場合にどうすればよいか。もちろん間違っている方や荷物を置いている方に直接、相談することになります。しかし、最近は傍若無人な人やインバウンド客でそもそも話が通じない場合も散見されます。
そこで、鉄道会社側にどのような要請ができるのか、自分はどの程度救済されるのかといった視点で考察してみます。JRの事例をもとにしますので、JR以外の対応はまた違うことをご承知おきください。
1 旅客側にどの程度の権利があるのか
旅客運送契約の根本にさかのぼります。
まず、乗車券だけを持っている場合、あるいは乗車券と自由席特急券を持っている場合は席は保証されていませんので、権利としての主張は難しいでしょう。ただし、空席に荷物を置いている場合などは、次項2の対応での要求が可能です。
では、指定席特急券を持っている場合です。指定席特急券は特急という早く行く要素とともに快適な環境(座席のグレードなど)、さらに座席の確保が条件となった運送契約に付随する契約となります。
2 JRはどういった対応ができるのか
基本的には妨害している客に車掌が指導を行うこととなりますが、従わない場合はどうするのか。
(1)当該指定券を無効と判断
旅規184条の4には「座席指定券を所持する旅客は、その券面に指定された列車、旅客車若しくは座席に限って乗車することができる」とあるので、間違って座っている人の特急券を無効と判定します。
そのうえで、特急料金を徴収します。
悪質な場合は、不正乗車と判断して、3倍(当該特急料金+違約罰として2倍)を徴収します(旅規264、旅規267条)。
なお、運賃分まで徴収できるかは微妙です。当方私見としては、不正乗車する意思はなく、不正利用までなので難しいと考えます。
(2)強制下車
もっと悪質な場合です。
上記の車掌の指導に従わない場合、次の鉄道営業法42条1項4号を根拠にして、次の停車駅にて強制下車させる形となります。もちろん残りの運賃も特急料金も払い戻しません(同法同条2項。特急料金分は類推適用と判断する。)。
第42条 左ノ場合ニ於テ鉄道係員ハ旅客及公衆ヲ車外又ハ鉄道地外ニ退去セシムルコトヲ得
一 有効ノ乗車券ヲ所持セス又ハ検査ヲ拒ミ運賃ノ支払ヲ肯セサルトキ
二 第三十三条第三号ノ罪ヲ犯シ鉄道係員ノ制止ヲ肯セサルトキ又ハ第三十四条ノ罪ヲ犯シタルトキ
三 第三十五条、第三十七条ノ罪ヲ犯シタルトキ
四 其ノ他車内ニ於ケル秩序ヲ紊ルノ所為アリタルトキ
② 前項ノ場合ニ於テ既ニ支払ヒタル運賃ハ之ヲ還付セス
車掌は以上のような措置をとることが可能です。
3 旅客側の行動
上記のような措置を取ることができるとはいうものの、あっさり解決しない場合もあると思います。そうこうしている間、通路にいつまでも立ったままというのでは、旅客の権利を侵害することになってしまいます。
この場合、ダブルブッキングで満席であるとか、席の故障や汚損などで他の席に移動できないような場合と同じような措置になります。車掌は車内の秩序維持や指定券をもった客の席の確保に最善を尽くす義務がありますので、やむを得ず当該座席を確保できないのであれば、代替措置を講ずる必要があります。
なお、国鉄時代から上記のような場合に車掌の裁量で調整席というものが1番や2番あたりに数席確保されていたりしますが、最近はない場合も増えているようです。
さて、この場合の旅規上の根拠をみると、実は明確ではありません。国鉄時代から調整席があるので、現場としては何とかなってきたので、他人に席を占領されているような場合の規定を置いてこなかったのかもしれません。あるいは、国鉄時代の車掌長や専務車掌は特別司法警察職員として限定されてはいるものの警察権をもっていたので、その権限をちらつかせることで速やかな解決ができたのかもしれません。
ひとまず総則的な規程として、さきほどの旅規184条の4が根拠になります。「座席指定券を所持する旅客は、その券面に指定された列車、旅客車若しくは座席に限って乗車することができる」とあるので、当該座席に限って乗車できるという制限規定とともに、当該座席の保証も導き出すことが可能です。
ですが、これに応じた各則の規定が不足しています。
(1)ほかの指定席を案内する
旅客も納得しやすいし、JRも払い戻しなどの損失がないので、この措置が一番多いです。せっかく富士山がみられる席を確保したのに、海側かよ!ってなるかもしれませんが、まあそこは受忍限度の範囲でしょう。
これは下記の規定のその他旅客の責任とならない事由にあたると判断できます。
旅客営業取扱基準規程
(急行券、特別車両券、寝台券、コンパートメント券又は座席指定券が使用不能となつた場合の取扱方)
第370条2項
運輸上の支障その他旅客の責任とならない事由により、指定券を所持する旅客が、指定された座席又は寝台(使用開始後6時までの間に一部使用できなかつた場合を含む。) を使用できなくなつた場合は、他の指定席又は寝台を充当するものとする。この場合、すでに所持する指定席又は寝台に対する指定席特急料金、特別車両料金、寝台料金、コンパートメント料金及び座席指定料金と実際に乗車した指定席又は寝台に対する指定席特急料金、特別車両料金、寝台料金、コンパートメント料金及び座席指定料金とを比較して、過剰額は払いもどしするものとし、不足額は収受しない。ただし、充当する席のないときは、指定券の券面に「立席」の例により記入し、証明のうえ、前途の駅において指定席特急料金(規則第57条第7項の規定を適用して発売した指定席特急券にあつては、その全部又はその一部で指定席を充当できなかつた特別急行列車の乗車区間に対する指定席特急料金)、特別車両料金(規則第58条第7項の規定を適用して発売した特別車両券にあつては、その全部又はその一部で指定席を充当できなかつた特別急行列車の乗車区間に対する特別車両料金)、寝台料金、コンパートメント料金又は座席指定料金の全額の払いもどしをする。
(2)グリーン席を案内する
JRとしては払い戻しされたくないので、同じ指定席であるグリーン席を案内する場合もあり得ます。追加料金を徴収しないのは、(1)で掲げた規定の通りです。
この方が客の納得感も高いですよね。
(3)自由席を案内する
指定席特急券では自由席に座ることはできませんので、勝手に座っていた場合は、自由席特急料金を徴収されるので、自由席に座れないかお願いしてみましょう。
こういった場合は、業界用語で「自由席充当」と呼ばれる措置になります。規定としては、ずばりではないのですが、次の規定の類推適用となるでしょう。
旅規184条の4解釈規定として十分に根拠となるものです。
旅規289条2項
急行券を所持する旅客は、第282条の規定によるほか、第1号から第3号までの1に該当するときは、その急行料金の全額の、第4号に該当するときはその急行料金の半額(10円未満のは数を切り上げて10円単位とした額)の払いもどしを請求することができる。この場合、第57条第2項、第6項及び第8項並びに第57条の3第8項の規定を適用して発売した急行券については、当該急行券のうちの1個列車が該当する場合であっても、全区間に対して払いもどしの請求をすることができる。
(1号~3号は略)
(4)車両の故障等により、固定編成車両以外の車両を連結して特別急行列車を全区間運転する場合で、当該車両に乗車したとき
自由席に行くのが嫌な場合は、(4)の措置をお願いすることもできると考えます。あくまで、指定席に座ることが本来なので、立っていくので払い戻してくれという要求は認められるでしょう。もともと指定席に座る条件で運送契約を結んでいるので、勝手に自由席に変更させられるというのは契約不適合となり、解除要件になります。旅客の承諾なき自由席変更は許されません。
(5)満席の場合
しかたがないので、券面に「立席証明」をして払い戻しです。根拠は上記(1)に掲げた規定の通りです。全車指定席車両の場合もこの処置になります。
(4)払い戻しの区間
途中で、本来の席に座れたが、払い戻しは受けられるのか?という疑問が残ります。この場合は旅客有利に解して、全区間払い戻しと考えるべきです。
4 旅客営業取扱基準規程を主張することの是非
さて、上記の中に一般には公開されてない「旅客営業取扱基準規程」(JR東海は「旅客営業取扱細則」)が含まれており、これは内部規定であって、約款には当たらないため、契約条項として主張できないのではないかといいうると思います。
この点は、次のように考えます。
当該規程は、主に事務取扱基準や裁量の余地のある規則の解釈例が明記されていて、後者の場合は旅客を有利に扱う内容となっています。旅客の権利を制限する内容はなかったはずです。あるとすれば、効力を持ちません。
したがって、旅規の有力な解釈の証左として主張することが可能です。この内容をJRが否定するのであれば、信義則(あるいは禁反言とも言いうる)に反して許されないといえるでしょう。公共交通機関としての立場からも、基準規程に明記されている内容を旅客から主張されて否定するようなことは言えないはずです。
ただし、規定の書きぶりから「できる」とするものもあるので、厳密にいうと効果はかわってきます。今回問題となる規定において、ほかの指定席をあてがうことは「する」となっています。