鉄道などの運送機関は、基本的に距離ごとに運賃が決まる仕組みですが、乗らない区間に対して金をとられるといった、ぼったくり規定といえばこちら。
(営業キロを定めていない区間の旅客運賃・料金の計算方)
第71条
営業キロを定めていない区間について旅客運賃・料金を計算する場合は、次の各号による。
(1)駅と駅との中間に旅客の乗降を認めるときは、その乗降場の外方にある駅発又は着の営業キロによる。ただし、別に定める場合は、その乗降場の内方にある駅発又は着の営業キロによる。
(2)車内において乗車券類の発売その他の取扱いをする場合で、その取扱区間の起点又は終点が当該列車の停車駅と停車駅との中間にあるときは、その外方にある停車駅を起点又は終点とした営業キロによる。
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前項の規定は、幹線と地方交通線を連続して乗車するときの旅客運賃を計算する場合に準用する。
営業キロを定めていない区間だと、その駅の外方にある駅から距離が算定されて、乗らない区間まで金をとられることがあるんですよ。ぼったくり規定以外の何物でもありません。
距離の算定なんてすぐにできるにもかかわらず、事務手続きをサボっておいて、客に損をさせようというサービス精神の欠けた制度のようにみえます。
ただ、国鉄にはそのようなぼったくりの気持ちはなかったと思います。歴史を振り返ると、この規定自体は、仮乗降場や臨時駅といった一時的に置かれている駅を想定していて、本来の旅客駅ではないという考えなんでしょう。もちろん旅客と公平な運送契約を締結するという視点であれば、営業キロを定めるべきなのですが、臨時駅まで全国の駅から乗車券を売ることができるようにすると、その通知だけで大変な事務作業になってしまいます。ファックスすらない時代ですからね。
現に秘境駅として最近人気の飯田線の柿平駅などは、仮駅ではないですが、開業してしばらくは遠くからこの駅までの乗車券は買えませんでしたしね。
ここからは、文献を探っても理由が出てこないので、私の予測です。仮乗降場の成り立ち自体は、地元の方の利便性などに配慮しての設置なので、設置費用などを考慮すると、利便性に応分の負担を強いるような意図でしょう。つまり、仮乗降場がなければ、もっと離れた駅から利用することになっていたのだから、そもそも支払うべき運賃でしょ!ってことだと思います。駅の設置が、「施し」みたいな、お上意識も見え隠れしますね。
令和時代まで生き残っている役人的な悪しき国鉄の慣習といえなくもありません。
ちなみに現在、この規定が適用された場合は、消費者契約法違反にあたる可能性が高いので、だれか通報すれば、消費者庁が指導に乗り出すと思いますし、訴訟を起こせば返金されるかもしれません(訴訟費用とまったく割に合わないですがね。)。
とまあ、悪口ばかりを並べたてましたが、営業規則マニアとしては非常に興味深い制度です。
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では、どのような事例があったのか、代表的な駅を探ってまいります。
1 仁山
夏はハイキング、冬はスキーと、シーズンには観光客がわんさと押し寄せていた仁山駅です。北海道新幹線の終点の隣駅ですね。マニアには仁山信号場といったほうが通りがいいですかね。
そんな大人気の駅なんですけど、むかしは純粋な駅扱いではなかったんですよ。
現在はこのように普通の駅として扱われていて、営業キロの設定もあります。
しかしJRになってしばらくまでは臨時駅としての扱いで、営業キロの設定はありませんでした。
国鉄の内部資料『停車場一覧』を見てみます。
こちらには設定がありますので、旅客との関係上、公にしないということでしょう。
ちなみにこの駅は信号場ですが、乗車券も発売していました。
(信)とありますね。信越本線じゃないですよ。信号場の意味です。渡島大野は現在の新函館北斗です。
それでは、当時の運賃と比べてみます。
昭和59年(1984年)4月20日~
1~3キロ:130円
4~10キロ:150円
小数点以下は切上げるので、仁山から渡島大野まで4キロとなり、150円です。他も同じ金額になってしまうので、この乗車券は見た目ぼったくりではありませんね。ただ、実際にどの区間で運賃計算をしているのか判然としません。
ネットを探ると、出てきました。昭和59年3月付 仁山→七飯 180円。この区間は7.4キロで、当時の運賃だと140円なので、ぼったくり額40円となります。どうやら上の規則にそって、外方にある大沼から七飯で計算しているようです。
現在、JR北海道の場合は、臨時駅である原生花園も営業キロをきちんと定めており、誠実な姿勢がみられますね。
2 東塩尻
中央線の辰野まわりにあった信号場です。もう廃止されています。地元の政治家が力技でルートを捻じ曲げたとされる「大八まわり」です(そもそもトンネル工事が難しかったという説もあり)。
それよりも、撮り鉄さんにはスイッチバック駅で有名ですね。乗り鉄さんには、ホームが1両分しかなくて列車からそのまま線路に飛び降りる駅で有名ですね。
フィリピン国鉄の一部の駅は今でもこんな感じですよ。
(飛び降りの話まとめサイト)
この駅も営業キロはありませんでした。ちなみにこの時刻表に載っている急行天竜は気動車ですね。飯田線で唯一存在した定期の気動車です。
では、乗車券を見てみましょう。
こちらも同じように、ぼったですが、運賃計算区間を明記していて素直ですね。東塩尻→小野と乗る予定の乗車券ですが、外方にある塩尻からになっています。本来はこの形が規則に忠実で、仁山のような表記は適切ではなかったはずです。
塩尻駅のあまった改札補充券を東塩尻に持ってきて、「東」のゴム印をおして、「出」と訂正して出札補充券として利用している様子が見て取れます。廃物利用感でいっぱいの乗車券です。
こちらは東塩尻→小野の乗車券です。純粋に東塩尻駅用のようです。「26」が塩尻駅管理の窓口番号を意味します。
これは、東塩尻→塩尻→東塩尻の往復乗車券です。区間は小野→塩尻→小野となっていて、外方の駅が発駅なのでここまでの話と整合します。しかし、発行駅が小野駅というのが解せません。窓口番号が12となっているので、小野駅管理という意味なのでしょうけど。
売る方向によって売り上げが塩尻駅につくのと、小野駅につくのに分かれるのでしょうか。よくわかりません。
知っている方がいたらコメントください。
3 小松島港
こちらは逆に、乗った区間の金をとられないので、サービスしてくれる駅です。
もうなくなってしまいましたが南海フェリーの小松島港との連絡駅です。
私がすげー行きたかった駅です。
時刻表には小松島港とありますが、営業キロの設定はありません。臨時とか書いてますけど、毎日営業していました。
こちらも停車場一覧で見てみます。
出てきません。小松島駅構内の扱いだからですね。
駅の仕組みはこちら→(さいきの駅舎訪問) 廃止路線の駅舎・小松島線
図示するとこんなイメージです。
場所はだいたいこの位置です。
今は公園になっているところが、旧小松島駅本屋、徳島バスの小松島営業所あたりが小松島港駅でいいとおもいます。
では、当時の乗車券を見てみましょう。
小松島駅発行の前に2がついているように、小松島駅の本屋ではなく、小松島港の窓口で発行されたものですね。
入場券の場合です。
見た目は同じですが、1が本屋側、2が港側の窓口です。
さて、この駅の場合は、駅と駅の中間ではないので、冒頭の71条の規定にはズバリあてはまりませんが、「別に定める場合は、その乗降場の内方にある駅発又は着の営業キロによる」とあるので、これを類推適用していると見ることができます。
あるいは小松島駅構内という理解ですかね。小松島からの営業キロが運賃計算に用いられていますので、小松島港から小松島までの数百メートルは得をしているということになります。こちらはぼったくりではなくて、得になっているということです。
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こういった制度があると、小松島と小松島港だけ乗ってみた!みたいなYoutuber的発想をする人がいると思います。
こちらの方です。故種村直樹氏です。
まだ残っていたら、わたくしも絶対、やったと思います。たとえば小松島駅の入場券で入って、小松島港駅まで乗車して、運賃精算がどうなるのか?とか、小松島から徳島などの乗車券で、いったん小松島港までいったらどうなるのか?とか、小松島港から乗って、小松島で改札を出ずに反対で小松島港に戻ったら往復運賃をとられるのか?とか、両方の駅に入るのには2枚も入場券を購入する必要があるのか?ですね。
ちなみに小松島港から途中下車可能な乗車券で乗って、小松島で途中下車は可能だと思います。いったん改札を入った乗車券を使って、発駅で一度出ることも途中下車の一つなので、途中下車印を押して出してもらえます。詳細は下記参照。
4 偕楽園
最後は現代に残る営業キロ設定の無い駅の代表、偕楽園駅です。堂々の、ぼった1位となります。その意味は後ほど明らかにします。
日本三名園の最寄駅で、梅のシーズンだけ開業する臨時駅です。
時刻表にも臨時駅として表示されています。
しかし、営業キロの設定がありません。
そして、この駅の特異性は下り列車のみの停車という点です。上り線にホームがないのです。おそらくホームや跨線橋を造るコストを節約しています。
上野から来た場合(青矢印)は普通に下車するだけですが、仙台方向から来ると(赤矢印)、いったん赤塚までいってから折り返さないといけません。
帰るときは、逆に上野方面に行く人がいったん水戸に行く必要があります(赤矢印)。
では、どういった取り扱いになるのか、JRの案内を見てみます。
【下り列車(上野・土浦・赤塚方面からお越しのお客さま)】
水戸駅までの乗車券をお買い求め頂き、偕楽園臨時駅でお降りください。
その際精算済券をお渡しします。偕楽園散策のあとは精算済券で偕楽園臨時駅か
ら水戸駅までご乗車できます。
冒頭の規則通りですね。偕楽園で下りるときもその先の水戸まで購入する必要があります。しかし、本来なら偕楽園で降りたところで、前途無効になるはずの乗車券ですが、精算済券で乗れるおまけがついた感じですね。
さすがに規則通りやったら、クレームの嵐でしょうからね。
規則通りやるとこうなります。
(1)上野→偕楽園間乗車(上野→水戸の乗車券が必要)
(2)偕楽園→水戸間乗車(赤塚→水戸の乗車券が必要)
(3)水戸→上野間乗車(水戸→上野の乗車券が必要)
特例により、2が不要ということですね。その処理のために精算済券が発行されるわけです。まあ担当者はいろいろと頭を使っているとは思います。
【上り列車(水戸・日立・いわき方面からお越しのお客さま)】
赤塚駅までの乗車券をお買い求め頂き、赤塚駅から下り列車に乗り換えて偕楽園
臨時駅で下車して下さい。偕楽園臨時駅から水戸駅方面にご乗車される場合は、
あらためて赤塚駅から目的駅までの乗車券をお買い求めください。
こちらは、赤塚→偕楽園間が復乗になるけど、運賃はいただきませんという措置ですね。
しかし、仙台方向に帰る時には、赤塚からの乗車券を購入しろと?
偕楽園駅にいるのに、どうやって赤塚からの乗車券を購入するの?と思うでしょう。
これです。
偕楽園駅に水戸駅の駅員さんが出張してきて、赤塚発の乗車券を売っているのです。まさに東塩尻駅で乗車券を購入したら、塩尻発になるのと同じです。
ちなみに、いまは硬券ではありません。
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ただですね。いつまでこのわけのわからない制度を続けるのでしょうか。消費者保護の視点からいっても、いいかげん営業キロをきちんと設定して、普通に偕楽園発着の乗車券を売るべきだと思いますよ。同じ臨時駅の猪苗代湖畔駅は、営業することは事実上、無くなったのに営業キロの設定があるじゃないですか。
JR四国で有名な臨時駅といえば、田井ノ浜と津島ノ宮ですが、どちらも営業キロを設定しています。
下り線にしかホームがない点は、分岐駅通過の区間外乗車に準じて認めたらいいだけなんですよ。
手計算の時代であれば、臨時駅はいつ設置されるかそれぞれの鉄道管理局やJR支社の方針でわからないので、常設の駅までにしておいた方が事務手続き上の混乱は少ないという点はあると思いますが、いまはITの時代ですよね。システム担当者がさくっとマルスの情報を書き換えて終わりじゃないんですかね。多少JR東日本を慮ると、偕楽園の場合はかなりの広範囲から客が来るので、支社間の混乱などを考慮して臨時駅のままにしているともいえますね。ただ、それが消費者に対する態度として正しいかです。
(もちろんマニア的にはこのままの方が面白いんですけどね。
ちなみに、内部資料には営業キロが書かれています。
昔の駅名は「公園下」ですが、赤塚から4.1キロとなります。
ということで、ぼったくり駅選手権第1位は偕楽園駅です。
まだ行けてないので、来年の梅シーズンには偕楽園駅にいって、ぼったくられて来ようと思います。