旅と鉄道の美学

鉄道を中心とした国内外の旅と切符などについて語ります。

【コラム】 時刻表を愉しむ。 その1 (表紙から特急路線図まで)

  鉄なバイブルと言えば、時刻表です。模型マニアはあまり買わないかもしれませんが、他のジャンルの鉄は、どこかで時刻表を利用しているものです。今回は6回に分けて旅師流に時刻表の注目すべき部分を取り上げていきたいと思います。

 もちろん伝統あるJTBの時刻表が対象です。  

   

1 表紙

 表紙といえば写真に目が行きがちですが、右上も見てほしいですね。

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  第3種郵便物というのは、送料が特別に安く設定されている制度で書籍別に認可されるものです。昭和3年となっていますが、この時刻表の創刊は、もう少し前で大正14年です。今月号で1123号です。まず巻数の確認から入るのが儀式です。

 

2 広告

 今の物は表紙と裏表紙しかカラー広告がありませんでした。時代の変化を感じます。

 

 下の写真は昭和63年の時刻表ですが、ホテルのが広告がたくさん載っています。当時はホテルや旅館の情報が簡単に手に入るような時代ではないので、こういったところに広告を出すことにも十分意味があったのです。出張の多い会社の総務部には必ず時刻表が置いてあったと聞きました。右下のホテル聚楽(現:ホテルジュラク)は1泊2食付受験生用のパックで13800円なので現在とあまり変わりませんね。古くなっている分、今の方が少し安いかもしれません。

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3 記号

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  小さい頃はこの記号を見るだけでわくわくしていました。寝台車と食堂車のマークがまだ残っているのは心強いですが、食堂車は定期列車にはないと思います。寝台車は有名なサンライズ出雲・瀬戸です。ビュッフェはある定期列車に存在しますが、まだ答えは伏せておきましょう。予想してみてください。後日、解答を載せます。過去の記事で少し触れていますけどね。

 

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 こちらは昭和63年の時刻表です。三段式寝台とか、どんだけ狭いねん?っておもうでしょ。狭いんですよ。私自身は三段式の中段しか寝たことがありませんが、上段が空いていたのでちょっと寝ころんだら狭い狭い。ただ、客車の場合は、通路の天井裏が荷物置き場になっていて、これは便利だと思いましたね。

 

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  記号の話、もう少し続けます。これは私が北海道旅行に行ったときの行程表ですが、「はくつる「海峡」「北斗」の欄を見てください。記号が入っています。当時はWindowsが出たばかりで、まだワープロ全盛期だったときに外字で記号を作って、それを行程表に埋め込みました。ちょっとプロっぽくなっていい感じでしょ。根性で24×24ドットを1個ずつ作りました。我ながらなかなかの根性ですw。

 

 

3 巻頭特集

 ここも興味をそそる話題が多いですね。これは4月号で、三陸鉄道の特集です。

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 久慈駅の欄は個人的に興味がありますね。特殊補充券や日付印字器の写真が載っています。今の時代、手売り切符も地方鉄道の貴重な収入源ですからね。私などは、乗りもしないのに団体乗車券や回数券まで買ったりしていますので、かなりお布施をしているといえます。 自分の名前と同じ駅では、勢い余って通勤定期券まで買ってしまいました。

 

4 特急路線図

 

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 最近は個性的な車両が多いので、このページをみて気になったらネットに入れて、車両を確認してから行先を決めるのもありでしょう。 

 

 小さい頃は、このページを見て、遠い世界に少し憧れました。特急といえば、ワンランク上の旅のイメージがありましたからね。大人になったら、乗りまくるぜ!って思っていて、確かに特急乗りまくりの出張王になりましたが、子供のころの感動はあまりありません。駅弁を楽しんでいるときに、取引先の部長からクレームの電話が鳴って、デッキで頭を下げていたりとか、風情がぶっ飛ぶことが多いです。仕事モードのスイッチが入ると、趣味モードのヒューズが切れてしまいます。それに、今は硬券特急券や食堂車はなくなっているし、紙のキップすらなくなりつつあります。

 

 何度も言いますが、もう30年早く生まれたかった。もし30年早く生まれていたら、現役時代のSLも乗っていたし、バブル時代の高収入で旅も行きまくって、充実した毎日でしたでしょう。あるいは国鉄に入って、地元の駅長として錦を飾って引退していたでしょう。何の因果で氷河期なんだか。18歳から楽だと思ったことが一度もないのだ。。。

 懐かしむつもりが愚痴でおわってしまった。その2へ続く。